1935
昭和10年 |
ピカソ美化学研究所創業。
『新しい魅力ある化粧品』『最も進んだ化粧品』をモットーとし、大阪市にて創業。クリーム5種類と化粧水3種類を発売。 |
1937
昭和12年 |
西宮市浜甲子園に第2工場兼研究所を開設。ピンク色の薄型のガラス容器に茶色のベークライトのキャップの白粉が人気商品となる。 |
1939
昭和14年 |
| 第二次世界大戦勃発。 |
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1942
昭和17年 |
戦争中から戦後は「容器統制」が行われ、白粉はセロハン、布袋などに入れて販売し、化粧水は単一容器にて販売された。 |
1945
昭和20年 |
空襲により大阪佃町の事務所及び工場が破壊され、全業務を浜甲子園に移動。終戦、ポツダム宣言受諾。 |
1947
昭和22年 |
西宮市池田町(現本社中央研究所所在地)に
西宮工場を新設。 |
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1948
昭和23年 |
組織を株式会社に改組。創業個人営業者八木常三郎は社長に就任。 |
1950
昭和25年 |
パンパウダー(現在のパウダーファンデーション)発売。
パステル(棒状ファンデーション)発売。ヒット商品となる。 |
1951
昭和26年 |
自然派化粧水・葉緑素アストリンゼントを発売し、ヒット商品となる。 |
1952
昭和27年 |
ラジオ放送開始後、「おしゃれクイズ」放送。 |
1953
昭和28年 |
| 鷹司和子さま(昭和天皇第三皇女)工場ご見学。 |
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1954
昭和29年 |
秩父宮妃殿下工場ご見学。
ミス浜寺コンテスト開催。
マジック(コンパクト白粉)発売しヒット商品となる。 |
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1955
昭和30年 |
高松宮殿下工場ご見学。
サンカーテン(日焼け止めUVクリーム)発売。 |
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1959
昭和34年 |
民間放送開始後「おしゃれクイズ」放映。
皇太子明仁ご成婚。 |
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1961
昭和36年 |
東京国際見本市に出品。 |
1965
昭和40年 |
OEM化粧品の生産システムを展開。
生産量を増大する。 |
1970
昭和45年 |
大阪万国博覧会開催。
自然派化粧品の製造技術をOEM化粧品に活かす。 |
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1980
昭和55年 |
最新鋭設備
(GMP対応スキンケア製造設備)導入。 |
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1982
昭和57年 |
多品種のナチュラルコスメティックスを生産。 |
1983
昭和58年 |
バイオテクノロジー化粧品開発。
新しいパッケージングシステムを展開する。 |
1985
昭和60年 |
世界中の天然美容成分の研究に注力し、美容効果の研究・量産化を実現。 |
1990
平成2年 |
新規原料の、有効性、安全性、研究部門を強化し、実績をあげる。 |
1992
平成4年 |
コスメパーク神戸ベイオープン。
再開発事業により、
最新設備の研究所・工場を移転新設。 |
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1995
平成7年 |
| 阪神淡路大震災勃発。 |
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1997
平成9年 |
| コスメパーク神戸ベイ・コスメパークタワーを竣工。 |
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2001
平成13年 |
コスメパーク横浜ベイオープン。
研究所機能と最新の製造設備を施工。 |
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2002
平成14年 |
化粧品の企画・開発と研究を総合的に行なう
本社中央研究所オープン。 |
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2003
平成15年 |
ピカソのれんミュージアムオープン。
(本社中央研究所内に、70年の歴史ある商品等を展示) |
2005
平成17年 |
創業70周年を迎える。 |