会社沿革
美容効果と安全性を創造して70年。創立以来『創意工夫』を社是とし化粧品創りの技術と伝統を研究開発から量産、プランニングまで一貫した品質管理体制のもと、最新で最高品質の化粧品を製造してまいりました。
美と共に歩んだ70年
- 1935(昭和10)年
- ピカソ美化学研究所創業。『新しい魅力ある化粧品』『最も進んだ化粧品』をモットーとし、大阪市にて創業。クリーム5種類と化粧水3種類を発売。
- 1937(昭和12)年
- 西宮市浜甲子園に第2工場兼研究所を開設。ピンク色の薄型のガラス容器に茶色のベークライトのキャップの白粉が人気商品となる。
- 1939(昭和14)年
- 第二次世界大戦勃発。
- 1942(昭和17)年
- 戦争中から戦後は「容器統制」が行われ、白粉はセロハン、布袋などに入れて販売し、化粧水は単一容器にて販売された。
- 1945(昭和20)年
- 空襲により大阪佃町の事務所および工場が破壊され、全業務を浜甲子園に移動。終戦、ポツダム宣言受諾。
- 1947(昭和22)年
- 西宮市池田町(現本社中央研究所所在地)に西宮工場を新設。
- 1948(昭和23)年
- 組織を株式会社に改組。創業個人営業者八木常三郎は社長に就任。
- 1950(昭和25)年
- パンパウダー(現在のパウダーファンデーション)発売。パステル(棒状ファンデーション)発売。ヒット商品となる。
- 1951(昭和26)年
- 自然派化粧水・葉緑素アストリンゼントを発売し、ヒット商品となる。
- 1952(昭和27)年
- ラジオ放送開始後、「おしゃれクイズ」放送。
- 1953(昭和28)年
- 鷹司和子様(昭和天皇第三皇女)工場ご見学。
- 1954(昭和29)年
- 秩父宮妃殿下工場ご見学。
ミス浜寺コンテスト開催。
マジック(コンパクト白粉)発売しヒット商品となる。 - 1955(昭和30)年
- 高松宮殿下工場ご見学。
サンカーテン(日焼け止めUVクリーム)発売。 - 1959(昭和34)年
- 民間放送開始後「おしゃれクイズ」放映。
皇太子明仁ご成婚。 - 1961(昭和36)年
- 東京国際見本市に出品。
- 1965(昭和40)年
- OEM化粧品の生産システムを展開。生産量を増大する。
- 1970(昭和45)年
- 大阪万国博覧会開催。自然派化粧品の製造技術をOEM化粧品に生かす。
- 1980(昭和55)年
- 最新鋭設備(GMP対応スキンケア製造設備)導入。
- 1982(昭和57)年
- 多品種のナチュラルコスメティックスを生産。
- 1983(昭和58)年
- バイオテクノロジー化粧品開発。新しいパッケージングシステムを展開する。
- 1985(昭和60)年
- 世界中の天然美容成分の研究に注力し、美容効果の研究・量産化を実現。
- 1990(平成2)年
- 新規原料の、有効性、安全性、研究部門を強化し、実績をあげる。
- 1992(平成4)年
- コスメパーク神戸ベイオープン。再開発事業により、最新設備の研究所・工場を移転新設。
- 1995(平成7)年
- 阪神淡路大震災発生。
- 1997(平成9)年
- コスメパーク神戸ベイ・コスメパークタワーを竣工。
- 1999(平成11)年
- コスメナチュラルズの設立。
- 2001(平成13)年
- コスメパーク横浜ベイオープン。研究所機能と最新の製造設備を施工。
- 2002(平成14)年
- 化粧品の企画・開発と研究を総合的に行う。本社中央研究所オープン。
- 2003(平成15)年
- ピカソのれんミュージアムオープン。本社中央研究所内に、70年の歴史ある商品等を展示。
- 2005(平成17)年
- 創業70周年を迎える。
